はじめに

皆さん初めまして!
MDC 代表のにゃもしです!

ここでは何故私がMDCを作ったのかをエピソードと共に書いていこうと思います。

モダンバレエを始めたのは2歳、母のレッスンに付き添う様な形で始めました。
年齢が上がるごとにどんどん体が動くようになっていき、出来る技も増えていき、音に合わせて魂が震えて踊っていく、そんな感覚が大好きでモダンバレエの虜となっていきました。

そんなモダンバレエが大好きな気持ちにヒビが入り始めたのは私が11歳、月経が始まった年。その頃から体型が変わりだし徐々に女性らしい体つきになっていく私に先生が

「太ってきたね、痩せなきゃ」
「あー、あの頃は痩せてたのにね~」
「これは食べちゃダメ、なんで太ってるのにそんなの食べてるの?」

と言うようになりました。

(本当に食事管理のために太っていたのかは置いておいて)
そして同じくクラス内で太っている生徒に対し、先生とアシスタントの先生2人がかりで

「今日は何を食べてきたの」
「皆んな自分の体型管理してるんだよ?なんで出来ないの?」

と問い詰めている場面に遭遇し、

「太っていると踊っちゃダメなんだ」

と思いました。

そして
“食べること=ダメなこと”、”太っているのはダンサーとしていけないこと”
だと感じるようになり
給食でもご飯やメインのおかずは減らし、バレエに行く前も何も食べないまたはサラダのみ、お腹が空いてもカロリーのないものを取る様にしていました。

もちろんモダンバレエは楽しかった。
だけどそれ以外のストレッチの時間や一緒にやっている子達とのコミュニケーションが怖く

もっと上手にならなきゃ
もっと痩せなきゃ

先生とかバレエの友達との輪を乱さないようにしなきゃ
と純粋に踊る喜びをすっかり忘れてしまったんです。

そんな気持ちが変化したのは17歳の夏、NYの【Broadway dance center】に留学した時でした。そこで受けたクラス内で沢山の違いを持ったダンサーに出会いました。

腕がないダンサー
言語の通じないダンサー
太っているダンサー

誰1人として他人を気にしていません。
自分のことを恥じている人も(私の主観からして)、誰かのことを気にしている人も、先生も誰も人の違いを否定していなかったんです。

それを受けて私は驚愕したと同時に

あぁ、私は私でいいんだ
人と違うことは恥じることじゃないんだ!
私の居場所はちゃんとあったんだ….!

と思えるようになりました。

しかし日本に帰って来ればいくら自分の意志を持っていても、変わらない環境の中で自分を奮い立たせていくのは難しい。

レッスンに行く度、自信がなくなっていって
踊る度自分の身体を嫌いになって
本当にダンスが好きかも分からないまま踊っている
でもこれって私だけなんだろうか
もしかしたら私だけじゃないかもしれない
多かれ少なかれ皆んなそんな気持ちを言わないだけで持ってるかもしれない。

ダンス業界の暗黙の了解で

・痩せてる方が美しい
・先生の望むダンサーになるべきだ
(先生の言うことを100%受け入れるべき)
・ダンスは上手い人じゃないと皆んなの前で踊っちゃいけない

こんなくだらないルールを当然のように受け入れて今でも大好きなダンスを苦しみながら痛みを我慢しながら傷ついた心を誤魔化してやってる人がいたら、私はその人達を受け入れたい、その人達との居場所を作りたい。
そんな思いから多様性を公言するダンスカンパニーを作りました。

私はあなたがどんな体型だろうと
どんなセクシャリティーだろうと
どんな学歴だろうと
肌の色が何色だろうと
言語が何であろうと
どこの国で生まれようと
みんなに踊る自由と権利があると信じています。

全ての人に踊る権利を
全ての人に踊る自由を
全ての人に踊りを楽しむ自由と権利を

 

2歳よりモダンバレエを始める
15歳の時単独ダンスイベントinnocent black を開催
同時期より名古屋において演劇活動も開始
17歳の時1ヶ月間NYのbroadway dance center に留学しlyricalとAmerican Jazzに出会う
自身が軽度摂食障害や怪我を経験したことからダンサーのための解剖学、摂食障害のワークやコーチングを学び、セーフティーダンスへの理解を深める

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